「柳北奇文」の注
先日アップした「柳北奇文」には、さすがに著者が幕府奧儒者を勤めた大先生だけあって、一般的ではない漢語や中国の故事に基づく表現がたくさん見られます。当時の読者にはそうした表現もすぐに通じる漢文の教養が備わっていたのでしょうが、もちろん我々にはちんぷんかんぷん。ただ、有り難いことに今はインターネットという手軽に利用できるジャンルを問わない大事典があって、昔よりは格段に容易にそれらを読み解いていくことはできます。近くにパソコンがあればそれを使って、パソコンがなくても今時の読書端末には語句から辞書引きやネット検索ができる機能が備わっています。
とはいえ、ネット検索にも習熟が必要ですし、まして読書端末からの細かなタップに苦労し、遅い端末の反応にイライラしながらの検索は、読書の興を妨げること甚だしく、まだとても常用できる作業とはいえません。特にこうした中国故事などといった面倒な材料の場合は、分からなければ検索システムでどうぞというわけにはいかず、結局旧来の「注」を施すことが電子本の場合も必要という状態がまだまだ続くのではないでしょうか。端末の検索システムが役立つのは、注を付すほどでもないちょっとした語義の確認や英単語などの場合に限られるのではないかと思います。オンライン化された読書システムには、こうした語句の検索だけでなく、ソーシャルメディアへの発信による感想の共有といったことももちろん機能的には可能で、それが注目されてもいますが、そうした周辺機能が読書の興を妨げるようでは本末転倒で、結局はカタログ機能だけで終わるということも十分に考えられます。
という次第で、「柳北奇文」にも注を付けることにしたのですが、さてどんな注にするかにちょっと迷いました。注には大きく分けて、語句のすぐ近くに配置する頭注・脚注・傍注と、まとまった文の後や巻末に配置する後注がありますが、EPUBで今のところ実現可能なのは後者。で、後注を付けるとして、それは章末などの各項目ごとがいいのか、巻末にまとめるのがいいのか。項目ごとに注を付けるのは、読んでいる位置からすぐに見に行きやすいからで、古典やマニアックな著作など注が多数ある場合を除いては、紙の本ではこの方式が多いように思います。しかし読書システムの場合は、紙の本ほどページめくりが手軽ではなく、一方で文中リンクが効くため、注はページをめくって読みに行くものではなく、リンクでジャンプして読み、またジャンプして戻るもの、ということになり、項目ごとの注にはさしてメリットがないといえます。さらに言うと、項目ごとの注には整然とした紙面の美観を妨げるというデメリットも指摘できます。
そんなわけで巻末にまとめて後注を配置することに決定。次に迷ったのが、注はリンクで飛んで戻ることを前提にするとして、どんな形でその語句にリンクを付けるかということです。できるだけ紙面を乱したくないので、CSSでリンクの装飾は無しにします。するとどれが注のある語句か分らないので、何らかの印が必要。アスタリスクを付けることも考えたのですが、より親切に語句の後に通し番号を振ることにしました。通し番号は小文字の上付きとし(縦書きでは右付きになる)、縦中横とともにCSSで指定。もちろん語句自体には後注内の各項目へのリンクを設定します。
これを各デバイスで確認してみると、残念ながらkobo以外では、リンクの文字装飾無しの指定は無視されて、ソニーReaderでは網かけ、Kinoppy・bREADERでは色文字になってしまいます。タップすると、文中リンクの効かないbREADER以外は注の該当ページにちゃんとジャンプしてひと安心。koboの場合、いちいち「リンクを開きますか」というボックスが現れて鬱陶しいですが、タップでページ送りができるkoboとKinoppyでは、ページをめくるつもりが注のリンクをタップしていたということもあり、まあそれを事前にチェックできるという効用はあるかもしれません。ソニーReaderはスワイプでしかページめくりができませんので、間違ってリンクを踏むことはありません。注から元のページへ戻るのは、各デバイスで用意された戻るボタンで。このボタン、すぐに消えてしまい画面をタップしないと現れなかったり、隅に小さかったりで、使い勝手に改良の余地がありそうです。なお、koboでは例によって読書位置が記録されないため、戻るのは読んでいた項目の先頭へということになってしまいます。
さて、こうして電子書籍の注を試してみると、意外に使いやすいということが分かってきました。紙の本の注はどうにも面倒くさく、すっ飛ばして後でまとめて目を通す、あるいは読まないということも多いのですが、2タップでジャンプして戻れるというのはこれ以上ない手軽さです。(いや、ジャンプよりもその場で注がポップアップするようになればさらに便利でしょうが、そしてiOSのiBooksではバージョンによってJavaScriptを利用した吹き出し状のポップアップが可能なようですが、規格ではJavaScriptをサポートしたとはいえEPUB3端末でそれが可能になったという話は聞きません)特に注釈が必須の古典の場合は、紙の本に対する電子書籍の大きなアドバンスポイントの一つということができそうです。